「……呪われてしまえばいい。」
容赦ない潮風を背中に受け、風に長い髪を乱されながら、あたしは腹の底から叫んだ……
「呪われてしまえぇぇ――!!」
でもその声は、誰にも届いていない。
そこに集まった人間達は、皆まるで人形のようだった。
誰もあたしの言葉に反応しない。
ピクリとも動かない。
(魂《ココロ》が無いんだ。)
声を上げて笑ってしまいたかった。
(だから分からないんだ。)
自分たちの行動のせいで、他人がどんな感情を生み出しているのか。
魂《ココロ》を失くしている事にも気付かずに、己の安息だけを求める浅ましい人間達。
(あんた達なんか、呪われてしまえ……)
ココロ無キモノハ生者ニ非ズ。
(あたしは、あんた達のようにはならない。)
魂《ココロ》を失くしてまで生きていたくない。
もしも世界が全て此処と同じなら、世界は滅ぶに値する。
そうでなくてもあたしには、此処しか生きる場所を与えられなかった。
別の場所を得られなかったのはあたしの過失であり、天命なのかもしれない。
(それでも本当言えば、未練はほとんど無いんだ。)
ただ、無駄に死ぬのは嫌だった。
自分の死を誰かに利用されるのも嫌だった。
それは、あたしの生きた時間さえも利用される事だと思うから。
この日の為に生かされていたなんて、絶対思ってやらない。
虚ろなる生を紡ぐ者達よ、その血の冷たさに刻むがいい。
他者の生死を操るは大罪。
他人の持って生まれた運命を故意に歪める者には、いずれ罰が下るであろう。
あたしはあんた達の“代わり”にはならない。
罪も罰も背負ってなんかやらない。
あたしは自分の死をもって、あんた達の罪を重くしてやる。
呪われよ。
人の血を吸って咲く幸せなど忌まわしき幻影にすぎない。
(あたしは誰より“生きて”いた。)
結局、十何年も生きてきて誇れるものはそれだけ。
でも、命が奪われようとしている今この時でさえも揺るがない気持ちだった。
「手を放して。縄も要らない。自分で行ける。」
鋭く言うと、呪縛が解けた。
だからと言って、逃げ場所は無い。
逃げようとも思わないけれど。
後ろに一歩踏み出すと、もうそれ以上地面が続いていない事が分かった。
(嵐が来る……)
風が教える微かな匂い。
もうすぐ此処にやってくるであろう天災。
被害は大きくなるだろう。
本体の気配は遠くに感じるのに、此処の風がもうこんなに不安定なのだから。
あたしの憤りは嵐が十分代弁してくれる。
目の前の人間達は、あたしに死を強制する事で自分達の安穏な生活が守られると信じている。
あたしと血を分けた家族でさえも。
「………なんて愚かな。」
嘲笑を浮かべて地面を蹴った。
涙を誰にも見せないように、身体を思い切り反らせた。
足が地を離れた瞬間に、気持ちが楽になる。
青い景色が視界一面に広がった。
海と空が逆転したような不思議な映像。
(……綺麗……)
荒んでいた心が、静かで安らかなものに変わっていく。
(分かった……。)
やっと分かった。
(あたしは、ヒトになりきれなかったんだ…。)
大いなる存在である自然と人間の世界は、こんなに離れていた。
(あたしは、自然に近すぎた……)
『還っておいで……』
招く声は柔らかく、耳に心地よい。
『全ての魂は、ここで生まれたのだから……』
懐かしい誰かが、深い深い海の底で両手を広げている気がした。
『おかえり……外の世界は辛かったかい? ヒトになり損ねた魂よ』
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