双極の魔性



対極に在る二つの存在ゆえ
殺し合うは運命(サダメ)也


―――堕ちれば負けよ……―――


深い森の奥に神より恐れられし魔が居た

永い間静寂と孤独の中に居たその魔の元へ降り立ったのは
真白き翼を広げた聖なる天使

人々が「神の使い」と謳う存在(モノ)
誰もが心奪われる美しきその姿

幾千の夜
二人は逢って

ある日ついに魔は天使を求めた

天使は求められるまま
魔に身体を捧げたが
心は未だ慈悲深き父のもの

無垢な素肌に唇寄せて
散らせた紅い華一輪
天使の喉元で微笑を浮かべた魔

闇色の髪に口づけて
そっと魔の背に震える手を添えて
堕ちた神の使いを演じる天使


―――貴方はこれで本当に私を手に入れたつもりでしょうか?―――


天なる父の御使いを
己の手で闇へと堕とす

その甘美なる花の馨は
魔を酔わすには丁度いい

吐息に隠した偽りと
胸に咲く贖罪の残花


―――我が心は全て、一片の例外も無くあの方のもの……―――


愚かなる魔よ
無知なる己を悔やめ

束の間の夢に咲き
束の間の夢に散る

その花の名は『恋』


―――滅びよ―――


聖なる刃が閃く寸前
魔が黒き瞳を開いて天使を仰ぎ見た

そこには敵を恨む鋭さは無く
裏切りに揺れる色も無く
訪れる死を恐れる弱さも無く
全てを赦(ユル)す慈しみだけが在った


―――お前の全てを赦そう―――

―――偽り続けたお前も―――

―――私を殺めるお前も―――


天使は魔の最期の言葉を聞いた
声ではなく思念の響きで


―――全てを赦し、お前を想い続けよう―――

―――たとえこの命、果てても……―――


「堕チレバ負ケヨ……」


―――主なる神よ―――


懺悔の言葉では無い
それは、父なる存在への別れの言葉


―――私は負けました……―――


天使はもう二度と空を見上げなかった


天使と魔
対極に位置するこの二つの存在は
時として非常に似た存在だと言われる

魔がかつて天使だったように
天使もまた魔に近きものと……


そして、物語は再び始まる




資料館に戻る


Copyright©2009-2012 藤咲紫亜 All rights Reserved.