蒼き乙女と紅の姫君



第十三章 真紅



 少年だとばかり思っていた人物は実は少女で、しかも彼女は、どうやら自分と同じ世界から来た人間らしい。

 老女が淹れてくれたお茶を飲み、頭の中を整理しながら、ゆっくり花澄は話し出した。


「真紅さんは……旭学園の生徒ですよね。」


 真紅の着ていた服は、花澄や蓮珠が通っていた麗泉学園高等部の制服ではない。けれど、花澄達がよく知る制服だった。

 私立旭学園。麗泉学園の姉妹校で、よく交流行事が行われる。


「はい。お二人は、麗泉学園の生徒ですか?」


 花澄の質問に、少女はしっかりした口調で答える。


(そうか。さっきフードを脱いだ時に気付いたんだ。)


 蓮珠はこの国のドレスを好んで着ているが、花澄は麗泉学園の制服を着ていた。


「うん。」

「驚きましたわ。わたくしてっきり、こちらに来たのは麗泉学園の生徒だけだと思ってましたのに。」

「いえ、実はこちらに来る直前には、麗泉学園に居たんです。」


 花澄と蓮珠は目を合わせる。


「今年の合同学園祭に向けて、体育部と文化部の代表が何人か麗泉学園にお邪魔していたんです。私は、弓道部の代表として、大会終わりに麗泉学園に寄ったんですが……地震が来て、気付いたらここに居ました。ここはどこなんですか?」


 花澄は申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんなさい。私たちにも分からないの。今、分かってるのは……このイリス王国は、東に住むザイラ一族と争っていること。この世界に飛ばされた生徒達が、東と西に分けられてしまっていること。」

「玲が元の世界に帰る方法を探していますわ。勿論わたくし達も探していますけど……それが見つかるまでは、この世界に居るしかありませんわね。」


 花澄は、真紅を見つめて息を吸った。


「真紅さんは《騎士》?」

「騎士……?」


 蓮珠は何を思ったか、ドレスの裾を腿(もも)の辺りまでたくし上げた。


「ちょっと蓮珠!?」


 花澄が止めようとする。


「こういう印、身体のどこかにありませんの?」


 蓮珠の左腿の外側に、赤黒く光る模様があった。

 花澄は、蓮珠の紋章をまだ見ていなかったことに今更ながら気付く。

 その模様は、玲の手首にあった模様とは少し違っていた。


「! それなら、ここに……」


 真紅は、心臓の上の辺りに手を当てた。


「あ……大丈夫。見せなくていいよ。」


 何か言いたげに見つめてきた真紅に、あわてて花澄は声をかけた。


「その印は何なんですか?」

「《騎士》の印だって、皆言ってるんだけど……。」

「《騎士》?」

「文様の色は何だ。」


 そこまで沈黙を守っていた《烙》が口を開いた。


「え……?」と真紅。

「色は何だと聞いている。」


 《烙》の射るような視線に、真紅は身をこわばらせる。


「《烙》。ピンクリボン付きですごんでも滑稽なだけですわよ。」


 蓮珠が冷ややかに注意をする。


「赤です……。」

「ならば問題ない。もしお前が蒼き紋章を持つ《聖》ならば、この場で引き裂いてやる所だった。」

「《烙》!!」


 花澄は《烙》を睨む。


「我が姫。《聖》は敵だ。」

「敵も味方もない。それはこの国の人達が勝手に言ってるだけよ。」

「……この話はもうよい。《茜の騎士》。お前は城に来てもらおう。」

「城に?」


 真紅の顔が曇る。


「ちょっと《烙》! 真紅さんにだって事情があるでしょ。この家だって大変そうなのに。」

「そうですわ。この家に待機してもらえばいいではありませんか。またさっきみたいな男が来たら大変ですわ。」

「《騎士》たるもの、常に我が姫の傍に控えておくのが務めだ。」

「あたくし一人だけでも、花澄様は守れましてよ。」

「あの……私、城に行こうと思います。」


 真紅は、遠慮がちに声を上げた。


「お城に行ったら、王様に会えますよね。」

「……ええ。」


 花澄が目を丸くして答える。


「王様と、取引がしたいんです。」

「取引?」

「この家には、国からの援助がほとんどありません。王様と直に会う機会があれば、この家へのちゃんとした援助をお願いしたい。」

「よもや、王がただでお前の願いを聞き入れるとは思っていないだろうな。」


 《烙》の言葉に、真紅の顔に緊張が走る。


「だからこそ、私が城に行くんです。」

「……ふむ。」

「シンク!」


 扉が開き、老女が焦ったような様子で現れた。


「貴方がそこまでする必要は無いのよ? 貴方には随分お世話になったもの。」

「いいえ、クルーシェさん。突然現れた見ず知らずの私の面倒を見てくださって、クルーシェさんには本当に感謝してるんです。それに私、きっと遅かれ早かれ城に行かなきゃいけないんです。その『ついでのお願い』なんですから、そんなに遠慮しないでください。」

「シンク……」


 真紅は、花澄を見てゆっくり頷いた。


「覚悟は、できました。」





「ばいばーいシンクー!」

「シンクまたねー!」


 子供達が門の所に集まり、必死で真紅に手を振っている。

 真紅もそれに答え、笑顔で手を振っていた。

 やがて、真紅は身を翻して花澄達についていく。


「本当によかったの?」

「ええ。……気になることもあるので。」


 こっそり尋ねた花澄に、真紅は真剣な表情で答えた。

 真紅の前を歩いていた蓮珠は、隣を見て呟いた。



「……ところで貴方、いつまでリボンを付けているおつもりですの?」





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