大理石の輝く大広間で、彼は王と向かい合う。
この豪華な宮殿はいつもの幻だと、彼は思った。
『時は満ちた。再び我が世が来る。』
「寝ぼけるのもいい加減にしてください。貴方は既に、この世の人間ではない。」
『だがそれでも、私は玉座に座ることができる。』
「大罪人でありながらのうのうと生きてきた人間だけに、ポジティブシンキングがお得意のようですね。ですがそれは、果たして貴方が独力で実現できる事なんですか? 私が居なければ、その存在すら保つ事ができない、意識体でしかない貴方が。」
王はうっすらと笑う。
『何を恐れている。』
「自覚なさっておいででないなら、申し上げましょう。貴方は、玉座に着くには危険すぎる。」
『ほう。私から皇帝の座を奪った蛮族(ばんぞく)も、随分と臆病になったものだ。』
「貴方にオルヴェルは潰させません。」
『面白い。試してみるがいい、私とお前、どちらが真に生きるべき人間か。』
そう言って、王は目の前に佇(たたず)む青年を指差した。
瞬時に青年の顔色が変わる。
胸を手で押さえ、わずかによろめいたがかろうじて踏みとどまった。
苦しげな呼吸の音が響く。
『分かるであろう。いずれお前ではなく私が“現実”となる。そして。』
両腕を大きく広げ、王は虚空を見つめて危うい微笑を浮かべた。
『古代帝国が蘇(よみがえ)る。』
「貴方の……思い通りになど、させない……。」
『お前のような小者に私を止める事などできまい。“アナスタシア”も、手を伸ばせば届く場所に転生(てんせい)している。』
今度は青年が、嘲(あざけ)るような笑みを浮かべた。
「しつこい男は嫌われますよ。彼女が本当に貴方を慕っていたと思うんですか? 彼女の目の前で、婚約者だった男を殺したのは他でもない貴方でしょうに。」
『帝国の正妃に選ばれたのだ。この上ない幸せだろう。』
「一部の女性なら……あるいはそうかもしれません。ですがアナスタシアはそんな人間じゃなかった。だからこそ、彼女は民に慕われていたんです。それに、仮に“アナスタシア”が貴方を想っていたのだとしても、今の彼女は“アナスタシア”ではない。私が貴方でないように。」
『だが民の心を集める力は、変わらず存在している。あの女が“アナスタシア”に支配されるのも時間の問題だ。』
青年の目元が厳しくなる。
『お前は、お前は私では無いと言ったが、それは違う。何故ならお前はあの女を愛しいと思っている。それはお前が私であり、あの女が“アナスタシア”であるからだ。』
「違う。」
『お前は既に私の一部となりつつあるのだ。』
「貴方の勝手な思い込みです。」
空間がぐにゃりと歪(ゆが)み、不安定な風景の世界になる。
林。城の回廊(かいろう)。荒野。砂浜。草原。そして海。
いつのまにか傍に来た王が、青年の耳に囁く。
『奪ってしまえ。あの女が欲しいのだろう?』
「……消えてください。」
『奪ってしまえ。』
「消えろ!!」
これは、彼女と自分に対する冒涜(ぼうとく)だ。
あふれ出た強い怒りのエネルギーが、全てを飲み込む。
世界が完全に青年の色に塗り替えられる寸前、王は再びニヤリと笑んでかき消えた。
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