ノスタルジア〜その名を継ぐ者〜
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第一章 忘れえぬ出会い |
グリーシュ家の12の別邸は、本邸を丸く囲むように時計と似た配置で建設されている。
それぞれの屋敷には、12ヶ月の誕生石の名前が付けられ、本邸から見て一時の方角から、ガーネット、アメジスト、アクアマリン、ダイヤモンド、エメラルド、パール、ルビー、ベリドット、サファイア、オパール、トパーズ、ラピスラズリとなっている。
屋敷の配色は宝石の名に沿うようになされ、デザインは均整で美しい。三千年以上の昔に建築され、改築を重ねてきた結果このようになったのだが、それでも初めに設計した人物の巧妙さがしのばれる構造だった。
グリーシュの行事は別邸と深く関わりがある。
婚礼の儀は六月を司るパールで行われ、葬儀・埋葬は、聖なる石であると言われる紫水晶の名を戴くアメジストで行われる。他の貴族を招いての宴も、開かれる月の名を持つ別邸で行われる。
ニリウスが仕えているのは、12の別邸の内の一つである、オパール宮殿。
他の別邸と少し違うのは、屋敷の持つ神秘的な色合いの変化であった。見る角度や太陽の位置によって、屋敷の壁が青に変わったり緑に変わったり、橙色に変わったりする。
リグネイ帝国時代の別名は、“虹の宮殿”。その屋敷は、緑の青々と茂る山の麓(ふもと)にある。
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☆ニリウスの気がかり☆ |
本来乳白色である屋敷の壁が夕日に赤く染まる頃、ニリウスは主人と友人と皇子と皇族の娘を連れて、オパールに帰ってきた。
突然のことに邸内は騒然となったが、何とか落ち着きを取り戻し今に至る。
「さぁて、あたしはニリと同じ使用人用の離れで寝るけど、お嬢と姫はどうするよ?」
クィーゼルは、ベッドで眠り続ける少年の傍を離れようとしない二人の少女に声をかけた。
昏々と眠り続ける少年は、この大陸を治めるオルヴェル帝国の第二皇子であるスウィング。その傍に立つ赤い髪の美しい少女は、スウィングの従妹のシャルローナである。そして、シャルローナの隣に立つのは、グリーシュ家の養女であるエルレア。
スウィングの兄であり、シャルローナの婚約者である第一皇子シンフォニーが失踪したのが事の始まりだった。
第一皇子失踪の知らせが届いた直後、シャルローナはシンフォニーを追って皇都を出た。その際、連れに選んだのがグリーシュ家のエルレアだった。そしてエルレアは、身の回りの世話を男勝りな使用人の少女クィーゼルと、クィーゼルの知り合いのニリウスに任せた。更にスウィングが自分の意思でシャルローナに協力し、5人で第一皇子の捜索をしていた。
その途中、エルレアがある事件に巻き込まれたのだ。そしてその事件は、スウィングをも巻き込んだ。
かろうじて二人とも無事で、シャルローナ達とも合流できたのだが、その時スウィングは猛毒が塗られた剣の攻撃を受け、その毒によって生死の境をさ迷っていた。
解毒薬を飲ませ、何とかスウィングの容態は落ち着いたのだが、随分時間が経った今でも彼は未だに昏睡状態にある。
毒も解毒薬も身体に与える負担が大きい、とその場に偶然居合わせた医者の少女は言っていた。
スウィングが目を覚まさないのも、その薬の影響だろうか、とエルレアは思った。
シャルローナは、スウィングのベッドの傍にある椅子に座って、スッと背筋を伸ばした。
「私はここに居るわ。スウィングがこうなったのは、私の責任でもあるんだし。」
「お嬢は?」
クィーゼルの問いに、エルレアはスウィングとシャルローナをしばらく見て、
「……隣の部屋に行く。」
と言い、静かに部屋を出て行った。
「んじゃ姫さん、疲れたら向かいの部屋使えよ。準備してるから。」とニリウス。
「あ〜眠いっ。あたしらも離れに行こうぜ。今日はよく歩いたからな〜。」
豪快なあくびをして、クィーゼルは扉を開いて出て行った。
ニリウスも伸びをしながら扉に向かいかけたが、思いだしたようにシャルローナを振り返って言う。
「何かあったら遠慮なく言えよな。」
「ええ、遠慮するつもりはさらさらないわ。」
少し笑って、ニリウスは扉を閉めた。
| ☆ |
「なぁ、クィーゼル。」
離れへ向かう途中、ニリウスはこの時を待っていたかのように立ち止まり、真顔で口を開いた。
クィーゼルは振り返る。
「俺、ずっと訊きたかったんだけどよ。どうしてここに泊まることにしたんだ?……平気なのか、お前。」
「何が?」
クィーゼルも真顔になってニリウスを見返した。
「平気だよ。もうガキじゃないんだし。」
「そうか……。」
「そうだよ。」
何事も無かったかのように、また歩き出すクィーゼル。
ニリウスは、闇に溶けていく少女の後姿を心配そうに見守っていた。
| ☆三人☆ |
その夜、少女は夢を見た。
「二リ〜?今日の草むしりにはどうして来なかったんだ?」
庭にある丘の木の下で。
冷たい目をした少女は、口元に明らかな怒りの笑みを浮かべて立っていた。
「いや、それが母ちゃんに買い出し頼まれちまってさ……ファゴットまで行ってた。」
「お前な、普通そういう事は行く前にあたしに一言ことわっておくもんだとか思わないわけ?ぼけっと待ってたあたしが馬鹿みたいじゃんか。」
「え、どうして待ってたんだ?」
ブチ。
黒髪の少女は、茶色いくしゃくしゃの髪の少年に掴みかかった。
「どうしてじゃないだろ! 昨日手伝ってくれって言ったのはお前だろうがよ!! おかげで朝は潰れちまうし、どう責任とんだよ!」
「ちょっと大げさじゃねえか?」
「ああ、お前にとっちゃ大したことないんだろうな。でもあたしには大切なんだよ朝の時間っての―――だ!!」
コ―――――ン。
クィーゼルの頭に、赤くて丸いものが降ってきた。
コロコロコロコロ。
「ってぇー……。」
頭をおさえながら転がっていくものを拾って、クィーゼルは首を傾げた。
ちょうど手のひらサイズの小さな果物。
ニリウスが頭上を見上げる。それにつられてクィーゼルも上を見て、枝の間から差し込む陽光に目を細める。
「すもも。おいしいよ。」
(木が、しゃべった…?)
違った。よく見れば、木の頂上の方で白いスカートの裾が風に揺れていることに気付く。
逆光で見えなかったこともあるが、その四肢と胴が枝と区別できないほど細いせいでもあった。
「何のつもりだ、お前。」
不機嫌に尋ねると、
「ああ、そこの男の子にもあげなきゃね。」
という呑気な返答が返ってきた。
「じゃないだろ! お前誰だよ。」
落ちてきたすももを両手でキャッチするニリウス。
どうかすると風にかき消えてしまいそうな小さな笑い声が舞い落ちてくる。
「知りたいなら、登っておいでよ。」
何様だこいつ。
クィーゼルは思った。
「けッ、付き合ってられるか。こんな奴ほっといて行くぜニリ! ……って登んなよお前は!」
「だって、いい奴じゃん。」
一番低い枝によじ登って、ニリウスはクィーゼルを見下ろした。
「お前は食い物くれる奴なら誰でも良い奴なんだろうが! …〜っ、お前に見下ろされると無性に腹が立つ!! あたしより高い所に行くな!」
そういうと、クィーゼルもがしがしと木を登り始めた。
ニリウスがニカッと笑って、その姿を見守る。
ゴール地点にいる人間も、これを見てクスクスと笑っていた。
遥か上には、午後の太陽が輝く。
季節は、夏の始まり春の終わり。
けぶる緑のさざめきさえ、鮮やかに思い出す。
上に居る白いスカートの人物が少し変わった少女で、その日から毎日遊ぶことになる人物だとは、この時の二人はまだ知らなかった。
いつもあいつは、あんな感じだった。
出会った時から、ずっと。
どれほどの季節を共に過ごしたのだろう。
きっと、そんなに多くはないはずだ。
なのに、まだ顔をはっきり覚えてるんだ、あたしは。
そしてどこかで待ってるんだ、あいつを。
忘れないように、色あせないように。
あたしは死ぬまで、きっと。
誰にも奪われぬように、心の奥の奥に深く。
思い出を、抱きしめて。
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