ノスタルジア〜宴の夜〜



終章




「うん、脈も正常だし、熱も下がってる。やっぱりこの薬が解毒薬だったみたい。」


 手慣れた動作でテキパキと患者の状態をチェックしているのは、薄茶色のフワフワとした髪が腰のあたりまである可愛らしい少女だった。


「ありがとう、ええと……。」


 シャルローナが言わんとしていることが分かったのか、少女はニッコリ笑って言う。


「ジュリアだよ。ジュリア・ユール。」

「ジュリア。どこかの病院で働いているのかしら?慣れた手つきだったけれど。」


 少女は首を横に振った。


「ううん、病院じゃないけど……パパに教えてもらったの。」

「それはそーとジュリア。その薬、お前知ってるか?」


 赤いバンダナの軽そうな男が眉をひそめて尋ねる。

 ジュリアは神妙な顔をして、手元にある薬をジッと見た。


「……初めて、だと思う。効果は、サリューディの実から作られるキクサスって薬に似てるけど……でも、見た目も匂いも違いすぎるの。ジュリア、薬のことなら何でも知ってるつもりだったのに……。」

「では、全く新しい種類の薬だと?」


 スウィングの傍でずっと黙っていたエルレアが口を開いた。


「うん……もしかしたら、パパなら知ってるかもしれないけど。あ、そうだ、この薬少しだけもらっていい? 帰ってパパに聞いてみたいの。」

「それは構わないけど……、スウィングにはあとどれくらい必要なのかしら?」


 シャルローナの問いに、ジュリアは真剣な表情で答える。


「もし熱が上がったら、さっきみたいにスプーン一杯分飲ませてあげて。でも……強い毒を解毒する為の薬はね、その効果が大きい分、身体に与える負担も大きいのがほとんどなの。この薬もそう。だから、できれば、これ以上飲まないほうが良いとは思うけど……。」

「スウィング自身の抵抗力次第、か。」


 エルレアが重い表情で呟く。


「うん……気をつけてあげてね。」


 シャルローナは、薬の入ったビンを見つめる。


「でも、一体誰が置いていったのかしら。まるで用意したようにスウィングの傍に……。」

「こいつらとっちめたのも誰なんだよ。ご丁寧に縄まで巻いてあるし。」


 気を失ったまま縄でぐるぐる巻きにされている二人の男を片足で踏んで、クィーゼルが言った。


「っとに誰なんだろうね。」

「一番誰だか分からないのはお前なんだけど。」

「その男は信用できるとスウィングが言っていた。戦闘態勢に入らなくていいぞ、クィーゼル。」


 赤いバンダナの男は、キョトンとしたような表情を浮かべた後、突然エルレアの手を取って紳士的な所作でその手の甲に口付けた。


「どうも、天使のような金髪を持つお嬢さん。自己紹介が遅れたようだけど、俺はミヅキっていうの。良ければ、お嬢さんの笑顔を見せてくれねーかな? 可愛い顔がもったいないぜ?」

「ミヅキちゃん!!」

「お嬢から離れやがれ!!」


 ジュリアとクィーゼルの二人に怒鳴られ、ミヅキはエルレアの手を放す。


「怖い怖い。でも俺ってば幸せだなぁ、こんなに良い女三人と一気に知り合いになれるなんてよ。紅い髪のあんたも美人だし、そこの黒髪の彼女もよく見れば可愛らしい顔してるし? 気が強い女は嫌いじゃねぇよ。」

「お前……喧嘩売ってんのか?」


 苛立ちを露(あらわ)にするクィーゼル。


「買ってみるか? いーぜ、ただし俺が勝ったら……それなりのもんは貰うからな。」


 シャルローナはため息をついてミヅキに背を向けた。


「下らないわ。そんな男相手にする価値もなくてよ。」

「プライドが高い女は、落とし甲斐がある。」

「……何ですって……?」


 シャルローナは振り返り、皮肉な笑いを浮かべるミヅキを見据えた。


 侮辱を受けた。

 灰色の瞳は、その怒りに震えているように見えた。


 バコン!!


 その音は、ミヅキの後頭部で生まれた。


「って……!!」

「ミヅキちゃんの馬鹿!馬鹿!馬鹿ぁっ!!ミヅキちゃんなんかミヅキちゃんなんか、どっか行っちゃえ!!女の敵!悪魔!ナンパ男!うつけ者!くい倒れ!!」

「最後のあたり意味分かんねーよ!痛っ、痛ぇってジュリア!!お前そのスリッパどっから持ってきた!?」

「そこにあったの!!」

「俺はゴキブリか!!」

「ゴキブリの方がまだマシよ!この!この!このぉっ!!」

「った!!ちょ、悪かったって、謝るからやめろジュリアッ!」

「やめないもん!今度こそ息の根止めてやるんだから!方法ならいくらでも知ってるんだからね!!」

「お前が言うとシャレにならねーだろッッ!!」

「シャレじゃないもん!!」




「……仲が良いな。」

 エルレアは冗談なのか本気なのか分からない呟きをした。



「おーい。」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、ニリウスだった。


「捕まってた奴らは皆出したぞ。問題はそいつら二人と、屋敷中に転がってる奴らだよなぁ……。」


 ジュリアの攻撃を手で何とか防ぎながら、ミヅキがニリウスの方を向いた。


「ああ、こいつらなら俺らが連れてくわ! 無人島にでも捨ててくりゃいーだろ。」

「無人島?海の近くに住んでいるのか?」とエルレア。

「あいてっ!!ああ、まぁそんなもんだな。」


「じゃあ、お願いするわ。他の人間は放っておいても大丈夫でしょう。どうせ雇われただけの人間達でしょうし。」


 シャルローナはスウィングに近寄ると、その額に手を当てる。

 エルレアがその様子を見て、静かに声をかけた。


「スウィングも、どこかに連れて行って休めなければ行けないな。」

「……ええ。」



「だからっ!!いい加減にしろってのジュリア!おいっ!」

「反省しないミヅキちゃんが悪いんでしょ!?」


 口論を続ける二人に、クィーゼルがスリッパの片割れを持って近づいた。



 祈りを捧げるように、瞳を閉じて3秒。




開眼。




 バコン!!バァン!!げしっ。



「うるせぇよ。」

「何で……俺だけ……?」

 スリッパで二回殴られた上、蹴りを入れられたミヅキは大人しくなった。

 クィーゼルはミヅキには構わずエルレア達を見る。


「お嬢、オパールに行けよ。あそこが一番近い。」


 クィーゼルの言うオパールとは、グリーシュの12の別邸の一つ。グリーシュ本邸から見て、10時の方角に位置する屋敷のことだった。


「良いだろ?ニリ。」

「え。あ、あぁ…。」

「……?」


 珍しく歯切れの悪いニリウスの様子に、エルレアは疑問を抱いた。


「オパールって、グリーシュの別邸のことよね?」

「ああ、ニリがそこの使用人なんだ。」

「どのくらいの時間がかかるの?」

「そうだなぁ、ここまで結構歩いてきたから……半日もしないで着くと思うぜ。」

「仕方ないわね。見たところ、周りに街らしきものは無かったし……グリーシュの屋敷なら、スウィングもゆっくり休めるでしょう。」

「決まりだな。それじゃ、さっさと行こうぜ。長居は無用だ!」


 ようやく回復してきたミヅキが、疲れきった口調で言った。


「んーじゃ、俺らも帰ろうかね、ジュリア。」

「うん、ミヅキちゃん!」

「ほんじゃあ、スウィングが起きたら伝えてくれや。『いつでも港町シタールで、黒髪ーズの再結成を待ってるぜ』ってな。」


 エルレアはしばらくの沈黙の後、


「分かった。必ず伝えよう。」

と答えた。



 ミヅキは二人の男が縛られた縄の端を持って、ズルズルと引きずっていく。

 その後ろを、とてとてとジュリアがついていった。


(黒髪ーズって、何だろう?)


 皆そう思ったが、何故か誰も何も言わなかった。


「私達も行きましょ。」

「嬢さん達は先に行っていいぞ。俺はスウィングを背負って後から行く。」


 ニリウスはスウィングを背負うと、エルレアとシャルローナの後に付いて部屋を出た。



 ただ一人。


 黒髪の少女だけが、扉に向かいかけた足を止めて、誰もいない部屋を振り返った。


「クィーゼル?」


 開けっ放しの扉の外から、ニリウスがクィーゼルを呼ぶ。


「どうしたんだ?」

「ん?ああ……。」



 今……―――。


 “お前”がそこに居たような、気が。



「いや、何でもない。」


 気のせいだな、とクィーゼルは独り言のように呟いて、部屋から出て行った。

 太陽は、既に西に傾き始めている。

 エルレア、シャルローナ、クィーゼル、ニリウス、スウィングの五人がグリーシュ別邸・オパールに着いたのは、もう夜も更けた頃だった。










 再び君に出会える夢を見ながら
 僕は炎を抱いて眠る

 
 願うのは
 ただ君の幸せ


 風の封印は僕を守る


 君と再び出会うその日まで


 いつか水の裁きを受けようと


 大地が揺らごうと



 僕は君への想いだけは手放さないだろう




 全てはいずれ紡がれる物語

 時が来るその日まで



 今はただ眠り続けよう
 彼女の物語は、始まったばかりなのだから……






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 ノスタルジア〜宴の夜〜、完読お疲れ様でした&ありがとうございます。
 ノスタルジアは全5編構成を予定しております(なので、あと4編ですね)。
 何分遅筆なもので、読者様がたを「まだ? まだ?」と焦らしてしまうことがあるやもしれません。
 が、とりあえず生きてるうちは書き続けようと思ってますので、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

 最後に、キャラクターアンケートを設置しました。
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