The snow of the nostalgia(番外編)



―逝―



 あ……やばい、俺……死ぬのかな。


 体中が物凄く痛いんですけど……

 生きてても、この怪我じゃもう歩けるかどうかも怪しいな……
 それだったら、いっそ死んだほうが良いのかも。


 誰かが叫んでる。
 呼んでいる。


 ああ、紫?

 ドジで泣き虫で、寂しがり屋な女の子。


 また泣いてんの?
 昔から変わらないなぁ……



 ……昔?



 俺が紫に初めて会ったの、高校になってからだよな。

 どうして、こんなに懐かしいんだろう。



 何だか気が遠くなる程長い間、ずっと待ってた気がする。


 何を?

 誰を?
 


 ってか、マジで気が遠くなってきたし……








―――……捕らえよ!


何だ?


―――孝妃(コウヒ)をかどわかしたその罪、貴様の死をもって償え!


誰の声だ?

走馬灯にしては趣味悪くね?


―――お逃げなさい。奥の扉を開ければ、地下に通じる階段があります。

泥や砂で汚れた服を着た若い男が、自分の耳元に囁いた。


あんた、誰?


自分の口が、普段より高い声で言葉を返した。


―――淵(エン)、貴方も。


俺、何言って……。


ふいに抱きすくめられ、頭が真っ白になる。

男に抱きしめられて喜ぶ趣味はない!…と抵抗しようとしても、身体が言う事をきかない。


―――残念ながら、私がご一緒できるのはここまでの様です。考妃、いえ、愛羅(アイラ)。貴方は貴方の思うままに、貴方が望んだ自由を手に入れてください。


泣いている。

落ちてくるのは聞き心地の良い落ち着いた声と、温かい滴。


―――どうか泣かないで……。


最期に、淵と呼ばれた男は微笑んだ。


―――叶う事なら、いずれ来る新しい世で、また貴方にお会いしたいものです。







灰色の空が見える。

ポツリ、と温かい滴が頬を濡らした。








 何、まだ夢の中?

 死ぬ前だってのに、俺ってば余裕あるぅ。





「嵐士君……!」


―――だから……


“泣かないで”って、言ったのに……―――。







(ダ     レ     ガ     ?)


(ダ     レ     ニ     ?)





思い出した―――。


重なる声が示す輪廻の輪。





―――……淵……。




 痛みに耐えながら伸ばした指で涙を拭ってやっても、次から次に溢れてくる少女の涙を止めることはできなかった。





「……から……泣くな……っての……。」



 避けられない“死”が迫る。
 




 どうしよう、死にたくない。

 せっかく分かったのに。

 せっかく思い出したのに。

 どうして、身体に力が入らないんだ。




 引き上げられる感覚。

 まるで誰かの大きな手が、自分の身体をすくい上げようとしているかのようで。




 俺の意志なんか、無視して……。





「嵐士君……!!」



 血に染まった自分の身体が見えた。

 魂が乖離した事に気付くまで、少し時間がかかった。



 紫は泣き顔のまま、空に浮かんだ自分を見ている。

 呆然として辺りを見回すと、すぐ近くで驚いた顔をしてこちらを見ている彩さんの姿が見えた。


 一瞬だけ、彼女と目が合う。


(そっか……彩さんも“見える”から。)



 霊体となってしまった自分が見えても不思議ではない。




「行かないで……。」



 紫が囁いたその言葉は、強い力を宿していた。

 否応なく連れて行こうとする“上からの”力に抗うほど強い力を持つ言霊。



 それは彼女が、古の巫女と同じ霊力(ちから)を宿す稀な人間だからか。





「嵐士君、逝かないで!」

 伸ばされた彼女の指先。





 不思議と、身体が軽かった。



 吸い寄せられるように、赤く染まった自分の身体を抱く彼女に近づけた。

 躊躇いの数秒間の後、彼女の指に自分の指を絡めた。





 わずかにホッとしたような紫の顔に、つられたように表情を緩める。

 


 いつか罰が下される。それが分かっていても。

 どうか、もうしばらくと願う。






 胸に残る、荊(いばら)の棘に刺されるような痛み。

 これは、禁忌に触れる罪悪感。



(本編)―想―に戻る資料館へ戻る番外編―心―へ進む


Copyright©2009-2012 藤咲紫亜 All rights Reserved.