蒼き乙女と紅の姫君



第三章 紅の姫君は柩にて目覚める



 イリス王国の王都アルディ。

 石と木でできた建物が所狭しと並ぶ大きな街。

 にぎやかさに溢れるその街の中心には、周りの建物よりも一際壮大で美しい城があった。


 咲き乱れる色鮮やかな花々。

 緑の庭には大理石の白さと噴水の水が輝く。

 華やかな装飾が施されたその城が、この国の繁栄を表しているような光景であった。



 王城・アンリヴァンズ。



 城の一室に、古めかしい柩があった。

 その中で眠るのは、赤い、普通の赤毛よりも紅い髪を持つ一人の少女。

 少女の周りには黒い薔薇が敷き詰められていた。


 そして柩を開けてその少女を眺めているのは、二人の男だった。


「これほど黒き薔薇の似合う娘は他には居ない……。黒薔薇は我が国の紋章。この娘は我が国に益をもたらす者でしょう。即ち、《紅の姫君》に間違いはないかと。」

「ほう、やはりそうか。しかし美しい娘だ。《紅の姫君》にしておくには惜しい程。そうだ、ゆくゆくは私の側室に迎えるというのはどうだ?」

「ご冗談を、王妃殿下が許されますまい。何より《紅の姫君》は守護龍・黒龍のもの。庶民は元より、国王陛下であっても手を出す事はまかりなりません。」

「むぅ……。」

「陛下、そろそろお時間です。公務に戻られませんと。柩の蓋は私が閉めておきます故。」


 名残惜しそうな王を心なしか急かすように部屋から送り出すと、従者の男は扉を閉め、ため息を一つついた。

 まだ、少年とも呼べるくらいの年頃の男だった。


「いつまで隠すつもりだ? 雪村。」

「そんな事言ったって……とにかくあのおっさんが嫌なんだってば。」


 その声の主は、柩の中から答えた。


「もう時間の問題だろう。俺が止められるのにも限度がある。もともと城に居た人間じゃないからな。このままだと、寝てる間に側室に決まるかもしれないぞ。」

「うう……もぅ、どうしてよりにもよってあんたなの。梨優とかなら癒されるのに。」


 柩の中から起き上がった少女の瞳は、血のように濃い赤。

 紅の髪と瞳は、それだけで激しい感情を宿しているような迫力がある。


「こういう時に『癒し』は何の役にも立たんだろう。」

「ええ、聡明で偉〜い御方には理解できないんでしょうよ。生徒会長芹沢玲様? あんたこそなんでそんなに動じてない訳? 普通驚くでしょう。パニクるでしょう、一体何なのこの妙チクリンな世界はぁ!?」

「混乱するのか責めるのか、どちらかにしろ。そんな事より、まだなのか。」

「……まだ。ねぇ、本当に私がその……《紅の姫君》とかなの?」

「その髪と瞳が偽物じゃなければな。」


 少年は眼鏡の縁に指を当てる。

 その眼鏡の奥の理知的な二つの瞳が、少女の瞳を捕らえた。


「偽物?」

「染めたり、コンタクトを入れたりした訳じゃないだろ?」

「そりゃあ……眠ってる間に誰かにそうされた……とかじゃなければ。」

「それなら心配無用だろう。お前が入っていた柩は、《紅の姫君》の目覚める場所として王族の管理下にあった。手を出せる者はそうそう居ない。」

「だから、何で『この世界で生まれ育った』みたいなオーラを出してんの……。王族とか姫君とか、どう考えたって日本じゃないでしょ。それに黒龍とか……居るわけないじゃない、そんな架空の生き物。」


 すると少年は、あきれたような顔をする。


「黒龍が現れなければ、お前の行く末は一つだぞ。」

「そりゃあ、そうだけど……。」

「たとえ架空の存在でも、黒龍の存在は今のお前にとって確実に救いだ。黒龍の加護を与えられる《紅の姫君》だからこそ、この国の人間は心のどこかでお前を畏怖する。言わば、お前の身を守る最後の盾だな。」

「でも……でも実際は、黒龍は現れてない。ばれるのは時間の問題だって言ったよね。」

「方法はある。お前が起きて、黒龍の『お告げ』を行う。そうすればただでさえ人間離れしたお前の見かけだ。一、二ヶ月、時間を稼ぐ事もできるはず。」


 その言葉に、花澄は複雑そうな表情を浮かべた。

 確かに紅の髪と瞳は、元から目立つ顔立ちの花澄を更に『普通』から遠ざけている。


「その間に俺はこの世界について調べる。地図を見たが、ここは俺達がいた世界じゃない。どうしてこんな場所に飛ばされたのか、その原因を突き止めて元の世界に戻る術(すべ)を探してくる。いいな?」

「うん……分かった。」

「とりあえず今すぐという訳じゃないから、覚悟だけをしていればいい。」

「ねぇ。どうして私達だけ、こんな所に来ちゃったのかな。」

「俺が聞きたいくらいだ。答えの出ない質問をするな。」


 玲のそっけない物言いに、花澄はムッとする。


「そんなの分かってるわ、口に出さなきゃ落ち着かないから言ったんじゃない! それぐらい察しなさいよ、人の上に立つ人間なら!」

「馬鹿!」


 玲の焦った声に、花澄が我にかえった時にはもう、遅かった。


「……あ。」


 花澄の大声に、近くを通りかかった城の兵士達が部屋の扉を開け放ったのだ。





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