ノスタルジア〜その名を継ぐ者〜



第九章 君に誓う



『グリーシュ』


 古代リグネイの言葉で、『皇室』の意味を持つ。

 そしていつからか、その言葉は別の意味をも隠し持つようになった。


 即ち。


『咎人(とがびと)』


 リグネイ帝国最後の皇帝が、天に対して大罪を犯した時、その罰の一部として帝国民の半数以上の命を奪い、天は皇帝に告げたという。


“この罪科(ざいか)、汝と民のみで購(あがな)う事能(あた)わず。汝の子孫全てがその罪を背負い、死んでゆくであろう。大陸の滅びを招きたくなくば、狩人(かりうど)よ、我に贄(にえ)を与えよ。”


 グリーシュの継承者に選ばれれば“狩人”。そうでなければ“贄”。兄弟姉妹の内、“狩人”に選ばれなかった“贄”の者達は、希少な例を除いては、全て肉親の手により殺されてきた。

 その希少な例が、“狩人”自身が“贄”となる事である。

 生かすべき子供と、殺すべき子供。“狩人”の刻印が存在するのは、グリーシュにとって或いは、幸運なことだったかもしれない。殺す子供を選ばずに済むからである。


 生き残る子供は、必ず一人。


 どれほどの年月が経とうとも、常にグリーシュの一族が一つの家だけで成り立っていたのは、ここに理由があった。

 断絶しかねない状況で、しかしそれは許されなかった。

 大陸の滅び。つまりそれは、民の滅びを意味する。

 血を絶やさぬこと。“贄”を捧げ続けること。

 旧リグネイ帝国の大部分の民を失っても。

 大陸に移り住んできたオルヴェル帝国の皇族達に、国を奪われても。


 かつての皇族として、大陸を護ろうとしたグリーシュの凄絶な歴史だった。







「グリーシュの、罪? グリーシュの、罰……? 何だよそれ、訳分かんねぇよ!! そんなものの為に、あいつは死んだってのか!? どうかしてる……!! あいつも、お前も!!」


 ニリウスへの怒りを消せないまま、クィーゼルは叫んだ。


「“エルレア・ド・グリーシュ”は、自ら死を選んだ。」


 金髪の少女は、スカートが汚れるのも気にせずにスウィングの横に膝をつき、緑の瞳で十字架を見上げた。そして、静かな声で続ける。


「彼女の願いは叶えられた。」

「それが何だよ! 分かってるよ、そんな事は!!」

「なら何故“現在(いま)”を、彼女の答えを受け止めてやらない!! それがどんな結果であろうと、“エルレア・ド・グリーシュ”が必死で導き出した答えなら、認めてやるのが筋だろう!」


 強い、しかし冷静さを保った口調で金髪の少女は言った。


「……お嬢に何が分かるんだよ……!」

「ああ、分からない。“エルレア・ド・グリーシュ”がどんな人間だったのかも、今聞いて知っただけだ。だがそれでも、彼女の気持ちは身近に感じる。」
 恐らく今、自分が彼女と同じ立場に立たされたなら、同じ事をするだろう。


 自分の為に誰かの命が奪われるのは辛く、そして怖い。

 大切な人の命であれば、尚更の事。


「彼女の選択を否定したなら、彼女の気持ちまで否定する事になる。クィーゼル、生前(かこ)の“エルレア・ド・グリーシュ”に未来(いま)のお前がしてやれる事は、“エルレア・ド・グリーシュ”の遺した気持ちを認めてやることなんだ!!」



「……。」



「お前が認めてやらなくてどうする……親友じゃないのか、“エルレア”は。」


 クィーゼルは何も言わずに身を翻し、来た道を走り下っていった。


「まるで……自己弁護だな。」


 金色の髪の少女の心には、嫌な蟠り(わだかまり)が残った。


 “エルレア・ド・グリーシュ”を想っての言葉だったのに、自分が言ってしまうとまるで。


(己の存在を認めてほしいと言っているようだ……。)


 自分が、“エルレア・ド・グリーシュ”としてここに在る事を否定するなと言っているようだ。


「気にしなくていい、嬢さん。あいつはちゃんと分かってる。あいつは自分が正しいと思っている内は、どこまででも食いかかってくるんだ。あんな風に逃げるのは、頭で分かっててもそれを認めたくねえ時。時間をやれば、自分で頭の整理をする奴なんだよ。……でも俺にはもう二度と、まともに口きいてくれねえかもしれねえな……。」


 口元に滲んだ血を手の甲で拭うと、ニリウスは空を見上げた。


「これで良かったんだ、エルレア……。」


「……ニリ。」


 スウィングは立ち上がり、ニリウスを見た。


「“罰”を終わらせることは、できないのか?」

「……分からねえ。」

「確実なのは、何もしない限りそれがこれからも続いていくという事だな。」


 金髪の少女が言う。


 セレンからセレンの子供達へ、そのまた子供達へと。


 殺され、殺し続ける。


「貴方は間違っていなかった、“エルレア”……セレンを助けるためには、そうするしかなかったのだから。でも今なら、まだ他の方法があるはず。貴方には無かった時間が、貴方が作ってくれた時間が、私達には有るから。」


 少なくとも、次の“狩人”が現れていない今ならば。


「きっと、終わらせる。」


 木の陰に身を潜めていた黒髪の少女も、これを聞いていた。

 白い十字架の下、四人はそれぞれ自分の心に誓った。

 ゆっくりと、ゆっくりと、歯車が動き出す。



 緑の瞳に秘められた避けようのない運命が、追憶の中で少女を待っていた。




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