ノスタルジア〜宴の夜〜



第三章 崇高なる乙女




生誕記念祭翌日。

白く輝く大理石で作られた部屋で、二人の女性が話をしていた。


「シャルローナ。」

「嫌です。」


 困ったような顔をする壮年の婦人に、若い娘が背中でぴしゃりと答える。


「お母様はどうも思われませんの?皇帝陛下がお決めになられた、私の処遇についての措置に。」


 娘の紅の髪が、心なしか怒っているように見える。


「貴女の悔しさはよく分かっています。しかし、将来の皇太子妃たるもの、これぐらいの事で動揺するものではありませんよ。」

「これぐらいの事、ですって!?私の名誉に関わる事ですのよ、落ち着いていられるものですか!」


 明らかに口調に怒気が混じっている。


「皇帝陛下は私に『ケーキがないからミルフィーユで我慢してくれ』と同じことをおっしゃったのよ!」

「口が過ぎますよシャルローナ!皇帝陛下は貴女に恥をかかせぬようにと…。」

「恥?恥ならもうかきましたわ。」


 たしなめる母親の言葉も、娘の前ではもはや無力に等しかった。


「皇帝陛下のありがたいお計らいのお陰で。」

「シャルローナ!!」

「何か違う所がございまして?シンフォニー様が行方知れずになったから、今度は弟のスウィング様と婚約する…これほど笑いの種になるものはありませんわ!しかもそれには条件付き。一ヶ月以内にシンフォニー様が戻られれば、私はシンフォニー様の婚約者のまま。そしてスウィング様はグリーシュの娘と婚約…そういう二つの台本を、皇帝陛下は作っていらっしゃるわ。…どこまで女を馬鹿にすれば気が済むのかしら、殿方って。」

「第二皇子殿下の妃については、まだ何も決まっていません。陛下の取り決めを恣意的に解釈するのはおよしなさい。」

「どちらにしても、私に対しての措置は変わりません。」

「では、貴女は何を望むの?私と陛下の兄、ソリスト皇子を知っているでしょう?」
 ソリスト皇子。ハーモニア・ド・グリーシュの実の父親であり、この帝国の皇太子だった者。そして、シンフォニー皇太子と同じように、行方をくらました男。

「幸い貴女はまだ結婚していなかった。陛下はもう、カトレア様のような人間を出したくないのよ。」


 カトレア・ド・グリーシュは、ハーモニアの母であり、ソリスト皇子の妻だった女性である。つまり、セレン・ド・グリーシュの母方の祖母にあたる。

 ソリスト皇子がいなくなってからのカトレアの人生は、悲惨なものだったという。

 カトレアにはソリスト皇子との間に二人の子供がいた。息子のフーガと、娘のハーモニア。だが、フーガは幼くして命を落としてしまう。その原因は未だ不明とされている。皇位継承権のあった子供を失い、ソリスト皇子も失ったカトレアは、皇族から追い出されるような形で、実家であるグリーシュの屋敷へ戻った。

 そして、ソリスト皇子失踪のわずか五年後、三十歳の若さで他界してしまう。


「もしも、お母様の言う通り、陛下が私を思っておいでなら…。」


優雅に、少女は振り返る。

「何故、陛下はシンフォニー様を探そうとなさらないのです?」

 灰色の瞳が、強く答えを求めていた。

「…!」


 皇帝は、シンフォニー捜索を始めようとしていた兵達を止めた。

 そして探すどころか逆に、皇太子失踪を一ヶ月の間内密にするように、関係者達に指示したのだ。
まるで、シンフォニー皇太子が自然に帰って来るのを待つかのように。


「私の今の望みは、ただ一つ。」


 その双眼にあるのは、何ものにも屈することのない気高さ。


「シンフォニー様にお会いすることですわ。」





☆二人の召し使い☆





「ニリ。お前あたしが前言った事、忘れてるだろ。」

「…何を?」

「とぼけるんじゃないよ。二週間くらい前、本邸に来ただろう?」


 ギクリ、と言うように、土を運ぶ少年の背中が固まった。

 長い黒髪の少女は、その女の子らしい容姿に似合わぬドスのきいた声で少年を問い詰める。


「本邸には来るなって言ったよな?あれほど。」

「‥‥‥。」

「お嬢の怪我した左手のハンカチ。あれ結んだのも、お前だろ。」

「‥‥‥。」

「答えねーと、この『ゴキちゃん皆殺し☆』スプレーをアンジェリカちゃんたちにかけるぞ。」

「わーっ!待て待て!!」


巨大な虫かごに向けられた強力殺虫剤を、ニリウスは少女の手から奪い取る。


「入ったのか入ってないのか。…っていうか、物的証拠はすでに押収してるがな。」

「…入った。」


 顔を合わせにくいのか、少年は少女から目をそらしてつぶやいた。

「然るべき理由は、勿論あるんだよな?」


少女はなおも問う。


「‥‥。」

「いざ。」


 少女が構えたのは、先ほどと同じ『ゴキちゃん皆殺し☆』スプレー。


「うわあああっ!?クィーゼル、お前いくつスプレー持って来てんだ!」

「そうか、やはり本邸の召し使いだったのか。」


 透き通った声が、二人の戦闘モードを瞬時に解除した。

 ハッと二人が同時に声の主を見る。

 この、グリーシュ第十番別邸・オパールでは、見かけたことの無い顔だった。

 いや、それどころか、《彼女》が本邸から出てくるなんて。


「お嬢…様?」と黒髪の少女。


 そう、現れたのはエルレア・ド・グリーシュと呼ばれる少女。


 風に長い髪をそよがせながら、彼女は立っていた。


「ニリが恐れるだけのことはあるな、『クィーゼル』。」


(愛する虫達を人質ならぬ虫質にとられたら、ニリウスに勝ち目はない。)

 こっそり(というより、二人が気付かなかっただけだが)一部始終を見ていたエルレアは思った。

 クィーゼルはきまり悪そうに腕を組んで舌打ちすると、


「あー…ばれちまったもんはしょうがないな。別に隠すつもりもなかったんだけどさ。」

と、口調を全く変えずに言った。


 本邸での彼女の言葉遣いは、ネコを被っているだけだった。

 同じ本邸で古参の召し使いとして働く母親がうるさいのだ。


「お前、お嬢に何かあたしの事を話したのか?」

「名前だけ…な。」

「あっ、そもそも何で本邸に入って来たんだよ。まだ理由を聞いてないぞ?」


 ニリウスは黙り込んだ。

“言えば殺される”。そんな表情で。


「またダンマリかよ。…な〜る程。あたしに言えない理由なんだな?」

 スプレー攻撃を案じて、ニリウスは虫かごとクィーゼルの間に立つ。

 戦闘開始五秒前。


「吐いたほうが身のためだぜ、ニリウス?」


(いや、吐いたほうが命に関わるな。)とエルレアは思った。


 ロザリー(ハブ)が本邸に逃げ込んだからなど、この黒髪の少女が聞けばどうなるか。

 エルレアがあえてニリウスに助け舟を出してやらないのは、この前、自分の質問に答えようとしなかった彼へのさりげない仕返しであった。


「罪無き花よ、永遠に…。」


横の花壇に向けられたクィーゼルの右手には、強力雑草処理スプレー。


「クィーゼルッッ!分かった、言うからそれに近づくな!!」


 ニリウスが叫ぶ。

 花壇には、大きな白い花の蕾がいくつもあった。

 今にも咲きそうに膨らんでいる。

 エルレアはその花を見て、「ん。」と眉をひそめた。


 確か、あれは。


「なっ…!?」


 黒髪の少女は後ずさった。

右手に持っていたスプレーが、音を立てて地面に落ちる。

白い花達は、一瞬で開花していた。


「古い書で絵は見たことがあるが…まさかこれ程までとは…。」


エルレアはまじまじとその花々を眺める。

花びらの内側には、少女がいた。

少女の顔だけが。


クィーゼルは、立ったまま震えていた。


あろうことか、少女達の顔はクィーゼルに瓜二つだったのだ。

「なんっつー気色の悪い植物を育ててやがるんだお前は!!」


 ニリウスに掴みかかって、クィーゼルは責め立てた。

 花の名前は、通称ヒトクイジンメンバナ。

 数百年前、森でこの花を見かけ、人間だと思って近づいた者が何十人も犠牲になったという。

 近頃では品種改良され、人肉は食べなくなったと聞くが、あまりにも気味が悪いため一般人に育てられることはまず無い。


「上等だぜ、ニリウス・ジャグラム!よほど『お仕置き』されたいらしいな!!」

「取り込み中非常にすまないが。」


さすがに止めたほうがいいと判断して、エルレアは二人に声をかけた。

「私の用件を言っていいか。特別にお養父様から許可をもらってここに来たから、あまり長居はできないんだ。」

 エルレアの言葉に、クィーゼルはニリウスの襟から手を離す。


「何だ?お嬢。」

 その目にまだ怒りの色を浮かばせながら、クィーゼルはエルレアを見た。

「この手紙。」

エルレアは、一枚の手紙を取り出した。

「手紙?」

 とニリウス。


「皇帝陛下からだ。私へ頼み事がある、と。」


「「皇帝陛下ぁっ!?」」


すっとんきょうな声で二人が驚く。


「皇帝様がお嬢に何の頼みごとだよ?」


 エルレアから手紙を受け取り、承諾を得たあと、クィーゼルは中の手紙を読み始めた。





エルレア・ド・グリーシュ殿

 先日の生誕記念祭では、広い見解を持った意見を聞くことができ、感謝している。
 さて今回は、愚息シンフォニーについての込み入った話で、貴女へ手紙をかかせてもらった。


 ここまで読んで、クィーゼルは首を傾げた。


「シンフォニー…って、皇太子だよな、スウィング皇子の兄貴の。何でスウィング皇子じゃなくてシンフォニー皇子の方なんだ??皇太子はもう婚約してるだろ?」
皇子の名前が出るならスウィング第二皇子の方だと思っていた勘がはずれ、クィーゼルは肩透かしにあった気分になる。


「続きがある。読んでみるといい。」とエルレア。


 実は、シンフォニーが生誕記念祭の直前に皇宮から姿を消してしまった。民の動揺を防ぐため、一ヶ月の間は公表せずにおくつもりだが、それ故に困ったことになった。

 シンフォニーの失踪を受け、シンフォニーの婚約者であるシャルローナが護衛も連れずに一人で愚息を探しにいくと言い張っている。何とか説得をした所、シャルローナは貴女ならば共として連れ立っても良いと言った。さらに、貴女がもしこの話を受けるなら、身の回りの世話用に貴女の屋敷の若い召し使いを二人ほど連れて行っても良いと言う。

身勝手な依頼で恐縮だが、心より貴女がこの依頼を受けてくれることを願う。

 尚、シャルローナのシンフォニー捜索は極秘事項であるため、関係者以外内密にしてもらいたい。


―――――バイエル・ベース・コラール・ド・リズム・ソルフェージュ




「…気に入らないね。」

 乱れた黒髪を一払いして、クィーゼルは言った。


「依頼状っつーより脅迫状じゃねぇか、これ。」

「そうとも言うな。」


 まばたきもせずにエルレアは答える。

 皇帝の書状をクィーゼル風に訳すと、


『これだけの機密事項を知った以上、断れる訳ないだろう?』


と書いてあるのだ。


「で、結局行くんだな?」とクィーゼル。

「…ああ。」

「よっしゃ。売られたケンカは買わなきゃ女じゃないからな。」


 黒髪の少女はそういうと、傍らにいた茶髪の少年と目を合わせ、意味ありげに微笑んだ。


「お嬢。その二人の召し使い、あたしとニリでどうだ?これでも腕には自信があるぜ?」

「決めるのは嬢さんだろ、クィーゼル。」

「他の奴らに任せるつもりか?こんな面白そうな仕事。」

「口論は無用だ。同伴を頼みたい召し使い以外に、その手紙は見せない。」


 と言って、金髪の少女は両手を二人に差し出した。

「…さあ、選択権は君達の元にある。」


 ニリウスとクィーゼルは一瞬エルレアの手を見た後、同時にニッ、と笑った。


「「望むところだ!」」


 パァンッ、とエルレアの両手が小気味よく鳴った。




☆従兄妹の二人☆





オルヴェル帝国皇宮、ヴェン・フェルージュ宮殿の西には、皇宮ほどではないが、それは優美で荘厳な雰囲気を持つ宮殿がある。

 現皇帝の妹姫であるフィーネ皇女が嫁いだ、皇族を構成する家の中の一つ、ロンド家が所有する宮殿である。

 その客間に通されたエルレアは、まず部屋の中の人物に気がついた。


「お会いしたかったわ、エルレア・ド・グリーシュ。」


 赤い髪の美しい少女は、値踏みでもするように金髪の少女をじっと見た。


(シャルローナ・メイヴィル・ド・ロンド・ソルフェージュ。さすが、皇族の血を濃く受け継いだ人間だと言うべきか。)


 フィーネ皇女の実の娘であり、今の皇子達の従妹にあたる人間。

 成人していない少女といえど、シャルローナの纏う雰囲気は皇帝のそれと酷似している。

 相手を地にひれ伏させるような威圧感と存在感。


「私と初めて会って、これ程無反応な人は久しぶりだわ。」

「無反応…とは?」

「誰でも決まり事のように私の容姿を褒めるから。しかも、少なからぬ『恐れ』を抱いてね。だから、貴女のような人は新鮮だわ。…大したものね。」


 シャルローナはエルレアから瞳を離すと、静かに椅子に腰を下ろした。

 そこに座ってくださって結構よ、と言う言葉に、エルレアもシャルローナの正面の席に着く。


「皇帝陛下から依頼されたのですってね。私は一人でも良いと申し上げたのに。」

「ですが、私の名をあげられたのは貴方ではないのですか?」

「ええ、言ったわ、共にするならグリーシュの娘が良い、と。理由をお知りになりたい?」

「支障がお有りでなければ。」

「理由は二つあるわ。一つは、貴方の知名度が低いから。有名人を街に連れて行って騒がれたら困るもの。二つ目は…貴方が、スウィング第二皇子殿下の妃候補に挙がっているからよ。」

「…私が?」


 エルレアはシャルローナの言葉を頭の中で反芻(はんすう)した。

 この少女は、自分より、他の貴族達より遥かに皇帝に近い位置にいる。

 その彼女の言葉である。


「信じられない?信じなくてもいいわ、一ヶ月以内にグリーシュ邸に手紙が届くし。まあ、一ヶ月以内にシンフォニー様を捕まえられれば、の話だけれど。」
 だから、とシャルローナは間を置いた。


「グリーシュ(あなた)にも関係の無い話では無いでしょう?」


 そのとき、コンコン、とノックの音が響いた。


「手短に用件を言いなさい。」

 と、シャルローナ。


「できれば、顔を見て話したいんだけどな。」


 ドアの向こうからである。

 エルレアは聞き覚えのある声にハッとする。

 シャルローナは席を立ち、ドアの向こうの人物へ言葉を投げかけた。


「会いに来る時は召し使いを通して、といつも言ってるでしょう?どうぞ、入っていらしてもいいわよ。」


 ドアがゆっくりと開き、問題の人物が現れる。

 蜜のような金髪と海のように青い瞳を持つ少年。今日は深い緑色の服に身を包んでいる。


「久しぶりだね、シャルル。」


 噂をすれば、オルヴェル帝国第二皇子、スウィング殿下であった。


「今日はどのような御用で?」


 エルレアは二人の顔を交互に見て、(ああ)と納得した。

 従兄妹なのだから、スウィングとシャルローナの面差しがどことなく似通っているのは当たり前なのだが、初めてスウィングを見た時セレンを思い出したのは、偶然では無かったのだ。

 髪や瞳の色が似ているのは確かだが、皇族特有の繊細すぎる顔の造りが、セレンにも存在しているのだ。それもそのはず、セレンの母親のハーモニアも、この目の前の二人の従姉にあたるのだから。


「旅のお供を申し出に…と言えば分かる?」


 シャルローナがフッと笑う。


「ご冗談はやめて。そんな事、陛下がお許しになるはずがないわ。」

「もう許しを得ているとしたら?」


 ひらひら、と一枚の紙を顔の前で揺らす皇子。


「なっ…。」


シャルローナは“信じられない”と言うような顔でスウィングを凝視した。


「あの自由放任主義者!無責任にも程があるわ!!貴方にもしものことがあったら、一体誰が次の皇帝になるというの!?」

「必然的に、シャルルだね。」

「…では貴方と私、両方に『もしものこと』が起きたら?」

「うーん…多分そのときは、皇族の誰かが皇帝になるよ。僕らの他にも皇族の子供は何人もいるだろ?」

「それで、陛下はよろしいんですの?自分の子供に継がせたいものでしょう、普通は!?」

「…と、僕に言われても…現に許しは貰っちゃったわけだし。多分、父上なりの考えがあると思うけどね。」


 スウィングは従姉から、もう一人の少女へと視線を流した。

 その視線にシャルローナが気付く。


「この方は、グリーシュのエルレア様ですわ。」


 エルレアは椅子から立ち上がり、スウィングに深く礼をした。


「ハジメマシテ、第二皇子様。」

「ああ、ハジメマシテ。道理で見ない顔だと思ったよ。」


 真顔で嘘をつくエルレアと、営業用の笑顔を浮かべる第二皇子。


「シャルル様ご一行に剣士はいないだろ?僕で良ければ、専属の剣士になるよ?」


 スウィング皇子の剣の腕は確かだ、とエルレアは思った。

 反撃する隙を与えない、見事な剣技。


「…せっかくだけど、お断りしますわ。貴方の身に危険が及べば、私の責任になるし。」

「父上は僕に危険が及ぶかもしれない事くらい承知の上だよ。シャルルを責めたりはしない。」

「それでも!もしもそんな事が起これば、私が自分を許せません…!」

「…仕方ないね、できるだけこの方法は使いたくなかったんだけど…」

「?」とシャルローナ。


 次の瞬間、皇子の纏う雰囲気ががらりと変わった。

 それは皇帝に次ぐ威厳に溢れたもの。


「シャルローナ・メイヴィル・ド・ロンド・ソルフェージュ。オルヴェル帝国第二皇子の名の下(もと)に命ずる。私を連れていけ。拒むことは許さない。」


 口調も声音も、今までとは全く違う。


「…!!」


 “名の下に”。それは絶対的服従を示す言葉。

 第二皇子の前では、たとえ同じ皇族のシャルローナだろうが逆らう事は許されない。


「…卑怯だわ…っ、こんな時に限ってそれを…。」

「探すのは僕の実の兄なんだから、僕にも参加する権利はあるはずだよ?」


 表情を和らげてそう言うと、スウィングはエルレアに小さくウィンクを送った。

 “話を進めて”。そう言っているらしい。


「…。シャルローナ様。一ヶ月の期限は、既に発動しているのでしょう。急いだ方が良いのでは?」


 グリーシュ家別邸・オパールから本邸に戻ったあと、すぐここに向かったのは正解だった。グズグズしていれば、シャルローナはもう旅に出てしまっていたかもしれない。


「出発は明日の早朝三時。貴方は目立たない街の娘の格好をしてきて。」

「僕は?」

「スウィングは…そうね、まず髪を黒く染めて、街の男の服装をしてきて。」

「シャルルはどんな格好で来るの?」


 いくら服でごまかそうとも、その派手すぎる顔までは隠せまい。

 エルレアもそう思った。


「さあ…明日になれば分かるわ。」


 謎の笑みを浮かべて、シャルローナは答えた。





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