ノスタルジア〜宴の夜〜



第六章 闇と光




「へぇ…ひょっとして、今日の俺って結構ついてるのかもしれないな。」


 黒髪の端麗な容姿を持つ少年に対峙した銀髪の少年は、独り言のように言った。


「金色の長い髪の娘が来なかったかと聞いている。」


 周りを大柄な男五人に囲まれても、スウィングにはさして動じた様子も無い。

 目撃者の言葉から推測すれば、エルレアはこの古ぼけた宿屋を訪ねたに違いなかった。

 エルレアと通りを境に聞き込み調査をしていたスウィングだったが、急遽探す人間が変更となった。
 
 エルレアが、自分との待ち合わせ時刻を過ぎても現れないのだ。

 不審に思って人々にエルレアの足取りを尋ねて行ったところ、この宿屋に辿りついた。


「この人なら来たけど?」


 銀髪の少年が、手元にあった、大きな布がかけられた四角い箱のようなものから、布を取った。


「!!」


 そこにあったのは、黒い檻(おり)。中のものが、スウィングには一瞬人形に見えた。

 白い肌は、どこか青白く見え、長い金髪は檻から出て床に散っている。


「エルレア!」


 スウィングはエルレアに駆け寄ると、鉄格子の間から伸ばした手で頬に触れ、体温があることを確かめた。

 ホ…と息をつくと、スウィングは青い瞳で少年を睨んだ。


「動くな。」


 スウィングとエルレアの首に、ほぼ同時に剣があてられる。


「抵抗すれば、この娘を殺す。最近は剥製でも高く売れるからな。」


 五人の内一人の男が、威圧的に言う。


「あんたさ、薬慣れしてるでしょ?」


 銀の髪の少年が、首を傾けてスウィングを見る。


「そんなに近い距離に居れば、その人の服についた薬の匂いに参るはずだよ、普通の人なら。」


 オルヴェル帝国の皇族達は皆、毒に対する強い耐性を持っている。いつなんどき、どんな毒を盛られても、死に至ることの無いように。

 故にスウィングは、ちょっとやそっとの毒は効かない身体になっている。

 だがスウィングも、エルレアの周りの薬の匂いには気付いていた。

 あまりの濃さに驚いたくらいだ。慣れていなければ一溜まりもあるまい。


「回りくどいのは苦手だし、ここに居られる時間もあまり無いから一言で済ますよ。」


 少年の銀色の瞳が、すぅっと細くなる。


「眠って。」


 うなじに与えられた衝撃が、スウィングの平衡感覚を狂わせた。


 闇に支配されてゆくぼやけた視界の中で、手に掴んだ髪の金色だけが、最後まではっきりと青い瞳に映っていた―――。









「だからさぁ、こう、フード被ってていかにも怪しい男と女が来なかったか?って聞いてんのか、じいさん!」

「今日は良い天気じゃの〜。」


 馬車の荷台に腰をかけて茶をすすっている老人に、必死でクィーゼルは説明を続ける。


「男の方は結構背が高くて、茶色の髪でさ。」

「ほうほう。」

「女の方は、長い金髪らしいけど。」


 ずずずずず。「それはまた。」


「だぁぁぁぁあもうッッ、真剣に聞いてねーだろ!?」


 クィーゼルが頭を抱えてうずくまると。


「何してんだ?」


と、上から声をかけられた。


「ニリに姫!このじいさんさ、今朝がたヴィオラからファゴットに来たらしいんだけど…ずっとこの調子で。」


 三人は老人を見る。


「はー。どれ、もう一眠りしようかのぉ。」

「ちょっと待てっつの、じいさん。」

「だから知らんと言ったじゃろう、最初に。」

「本当に知らないのではなくて?」とシャルローナ。

「忘れてるだけかもしんねぇだろ?あっ、こら!答えてから寝ろ、じいさん!背が高くて茶色の髪した男は見なかったかっての!」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。」


 老人は毛布で枕を作ると、三人に背を向けて寝転んだ。


「おるじゃないか、そこに。」

「はあ?」


 振り向いたクィーゼルは、後ろにいたニリウスとしばらく見つめ合ってしまった。


「違う!!もっと細身で顔の造りが細かい奴だ!!」


 荷台からは、もう寝息が聞こえていた。


「〜っっ。起きやがれー!!」


 街中に響き渡るような大声で叫ぶクィーゼルの後ろで、シャルローナはニリウスに尋ねた。


「貴方、平気なの?」

「何が?」

「あんな事言われて。」

「ああ、『もっと細身で顔の造りが細かい奴』ってな。うーん。」


 と頭をかいて、ニリウスは答える。


「あいつは思ったことをズバズバ言うし、口調も男みてぇだから結構きつく見えるけど…いや、実際きついけど。別に悪意とか、裏でコソコソ考えてるとか、そういうのは全くねぇんだ。それを知ってるからか、あいつには何言われても割と平気だな。…慣れちまってるせいかもしれねぇけど。」


 そう言って、ニリウスは笑った。


「羨ましいことね。あの子、貴方に感謝すべきよ。私から見れば、ただの男勝りな娘にしか見えなかったもの。」


 シャルローナも、どこか笑っているように見えた。

 そして、クィーゼルに声をかける。


「そろそろ行きましょ。まだ他にもヴィオラからファゴットに来た人はいるはずだし。」


 クィーゼルはしぶしぶ、老人を起こすのを諦めた。


「…ったく。風邪ひくなよな、じいさん!」


(これで、もう少し恥じらいと女らしさがあったら…。)


 ニリウスとシャルローナは、同じことを思うのだった。


「スウィング達との合流まで、あと二時間ね。急ぎましょ。」



 夜が迫る。

 訪れる闇は全ての生き物に平等に、様々な機会を与えるだろう。


 光の呪縛からの開放。


 光とは?シャルローナは考える。


(万物を律するもの。)


 見えないものに形を与えるのは光だ。

 無色のものに色を与えるのも光だ。

 そして、与えることによって全てのものを決定づけ、呪縛する。


 闇とは?


(無償の自由を与えるもの。)


 飾り立てられた、幸せで安全な偽りの自由ではなく。

 魂だけで生きてゆける世界。

 魂だけで生きてゆかねばならない、生きるための世界。


(そういえば…暗闇が嫌いだと言う人間はいても、光が嫌いだと言う人間は見たことが無いわ。)


 結局、人は自分達を律する何かがほしいのだろうか。

 或いは、闇に潜む危険を恐れているのか。


(…愚かだわ。)


 今、考えるべきことではない。


“貴方は闇を愛するべきです。”


 自分を穏やかに見下ろして。


“光にばかり囚われずに”


 誰かが言った言葉を頭から押し出すように、シャルローナは歩き出した。

 ニリウスとクィーゼルも後ろに続く。




「…やれやれ。」

 横になった姿勢のままで、老人はため息をついた。


「訳ありじゃなとは思っておったが、追われておったとはなあ…。」


 閉じた目に、優しげな物腰の青年の姿が思い浮かんだ。





第五章へ戻る資料館に戻る第七章へ進む


Copyright©2009-2012 藤咲紫亜 All rights Reserved.