ノスタルジア〜宴の夜〜



第九章 黒い髪の男達




 次に列車が止まるまで、時間はそうかからなかった。

 かなり前に廃された小さな駅でそれは止まり、“積み荷”は駅の目と鼻の先にある大きな洋館へと運び込まれた。

 館の中心に位置する部屋の前で。


バタン。


 扉を閉め、銀髪の少年は息をついた。
 

「おい。」


 ぶっきらぼうに呼ばれ、その方向を見ると、身長2mはありそうな長身のがっしりした男がいた。

 さっきまで自分の指揮下で働いていた五人の内の一人だ。


「ほらよ。約束のもんだ“隊長”。」


 投げ渡された袋の中身を確認して、少年はまた男に背を向けて歩いていく。


「けっ、可愛げのねぇガキだな。もう少し喜べっての。あ、ちょっと待て。薬の後処理しとけよ!終わったら鍵は閉めて差し込んだままにしてろ!鍵だ!」


 少年は飛んできた鍵を手のひらだけ後ろに向けて受け止めたが、返事はしなかった。

 男はそれを了解とみなし、先ほど少年が出てきた扉を開いた。




☆薬師ユリアス☆





 どうしてだろう。この人を見ていると、言い知れぬ罪悪感が込み上げてくる。

 切り捨てたはずなのに。


 肩にかけていたカバンから薬の入ったビンを取り出し、解毒香を調合している間、少年はなるべくその人間の顔を見ないようにしていた。

 しかし、記憶はそれを裏切り、少年の脳裏にその人間の映像を蘇らせた。


 あの、強い力を放つ緑の瞳。


 一瞬魅入ってしまったのを覚えている。

 このオルヴェル大陸には、緑色の瞳を持つ者は滅多にいない。

 王侯貴族の多くが青系の瞳を持ち、平民と商人の多くが茶色から黒色の瞳を持つ。

 身分を重視するあまり、両親の血が近すぎて遺伝子異常を起こし、色素をごくわずかにしか持たない瞳の皇族や貴族の子供も時々生まれる。

 しかし、緑色の瞳だけは出現する階級が不明だった。

 可能性として考えられたのは、もう一つの帝国・セインティア。だが、今までオルヴェルで捕らえられたセインティア人は皆、黒色の瞳だったという。


 自分は緑色の瞳を持つ人間を、この大陸で二人知っている。

 その二人とは比べられないほど、あの瞳は深い色をしていた。


 珍しい分、価値は高い。

 報酬がやたらと多かったのも、きっとそのせいだろう。


「…………………薬師(くすし)なのか。」


 心臓が縮んだ。

 いつの間にか目を覚ました少女が、横になったまま自分の手元をじっと見ていたのだ。

 薬の効力が完全に切れていないらしく、瞳に宿る光は初めて会った時に比べてひどく弱弱しい。陶器のような肌も、血の気が戻っていなかった。


「……。起きれるんなら、これ飲んで。少しは楽になるよ。」


 平静を装って薬を差し出すと、意外にもあっさりと受け取られ、少し戸惑う。


「どうした?」


 まじまじと見られていることに気付いて、少女が首を傾げた。


「どうして、俺の言葉を信じるの?そういうのって、学習能力がないとか言わない?」

「お前は嘘をつけない。」


 少年は言葉を失う。


「つけるとすれば、それは誰かの為だろう。お前のような目を持つ者の弱さを、私はよく知っている。」


 宝石のように澄んだ瞳で、あどけない程まっすぐに少女は自分を見上げていた。


 同じなのだと。


 緑と銀の瞳は、色は違えどどこかが似ていた。

 調合し終えた解毒香を焚(た)き、少年は立ち上がる。


「その服、着替えたほうがいいよ。薬の匂いが染み付いてるから。着替えは多分あの棚。あの狸オヤジの趣味だから、ろくなのはないと思うけど。」

「ああ、分かった。」


 返事だけを聞いて、少年はドアを開けた。ノブを握ったまま、


「ねえ。」振り返って尋ねる。

「なんだ?」

「連れの人、来たよ。黒い髪の、目立ちそうな顔の男の人。」


 明らかな驚きの表情が少女の顔に現れる。


「あんたを探してた。結果的に巻き込んだけど…謝らないよ、その事は。」

「……。」

「謝ったところで許されるとは思わないし。その人は今、この屋敷のどこかにいる。でも、会えるかどうかは分からない。俺はもう、ここには関係のない人間だし。」


 斜めに視線を落とした少女は、年上であるのに頼りなげに見える。


「良いこと教えてあげる。」


 気付いたら、言葉が出ていた。


「ここに捕まっている人は、明日の朝奴隷としてセインティアに送られる。」

「セインティア!?」


 エルレアは少年を見上げた。


 カーディナル家が治めるセインティア帝国と、ソルフェージュ家が治めるオルヴェル帝国は、およそ三千年もの間表立った交流が無いが、闇の世界で密かに人身売買が行われていることは知っている。

 しかし、まさかそれに自分が関わることになろうとは。


「海路ってことは…分かるよね?俺が知ってることはそれくらい。」


 抜け出すなら、海に出る前しかチャンスはない。

 しかし。


「何故、それを私に?」

「嘘をついた人間をまだ信じるあんたの愚かさに敬服したんだよ。…じゃあね。」


 淡々と言って、銀髪の少年は少女に背を向けた。


「名を。」


 少女の声が響く。


「名を聞かせてほしい。」

「……ユリアス。」

「覚えておく。ありがとう、ユリアス。」


 ドアは、静かに閉められた。



 
☆海賊の青年☆





 カチ。


(開いた。)


 錠を外して檻から出ると、自分が入っていた檻の他にももう一つ、同じような檻が小さな部屋の中にある事に気づいた。

 部屋には、鉄格子のついた窓が一つだけある。

 物音が聞こえたのか、もう一つの檻にかけられた布が、内側からめくり上げられた。


「どうやって開けたんだ?お前。」


 現れたのは、褐色の肌で肩につくくらいの黒い髪を持つ男だった。

 その髪に映えて、赤いバンダナが目立つ。

 紺色の瞳が好奇心で輝いている。


「……鍵で。」

「マジで!?嘘、どうやって手に入れた訳!?っていうか俺のも開けてくんない!?」


 男の慣れ慣れしさに面くらいながらも、


「……どうぞ、他の檻の錠にも使えるのかは知りませんが。」


 と、スウィングは答えた。


「ものは試し、でしょ?」


 スウィングが投げた銀の鍵をパシ、と受け止め、男は格好よくウインクを決める。


「……お?」


 カチ。開いたらしい。

 檻から出てくると、男は首を鳴らして背伸びをした。


「や〜本当サンキュな。こんなんだったら、仲間から鍵のこじ開け方聞いとくべきだったかな。」

「すいませんが、話をしている暇はないんです。」

「おい、ちょっと待てってば。鍵は。」

「要りません。」


 気が急いているため、スウィングは自然に冷たい口調になる。


「あー念の為に言っとくけど、ドアの向こうには見張りが三人居るよーん。」


 ドアのノブに伸ばした手を止めて、スウィングは男を見た。


「どうして、そんな事が?」


「俺こー見えても海賊でね、海賊稼業ってのは耳も良くないといけないのよ。」

「海賊?」

「なんだその不審者でも見るような目は。信じてねーならそれでもいーさ。ざっと見、この屋敷中の見張りは100人前後。んで、ものは相談なんだけどよ。あんたの目的って抜け出すこと?」


 男の態度に慣れてきたのか、スウィングは少しだけ肩の力を抜いた。


「仲間が一人、捕まってるんだ。できるならこの件に関わってる組織ごと潰したい気分だけど、それは無理だろうから……。」

「そりゃあな。お前一人だったら無理だろうさ。」

「剣があれば随分違うのに……。」

「剣?剣なら向かいの部屋にあるみたいだぜ。見張り倒せば多分取り返せる。へ〜、あんた剣使えんの。……な、協力しないか?」

「?」


スウィングはキョトンとした。


「俺の仲間も一人、別の部屋に居るんだよ。俺これでも頭(かしら)だからさ。船員くらい守れねえとな。」

「捕まって言う台詞じゃないな。」

「あっはっは、最もだ! でもまぁ…。」


 男は静かに、自嘲的な笑みを浮かべた。


「好きな女の首に刀突きつけられたら、動けなくなるもんだろ、男って。」

「え……。」


 自分と似たような経緯で捕まった人間が居た。


「おおっとォ、言い遅れたな。俺はミヅキ。お前は?」

「……スウィング。」

「よし、スウィングだな。……ん? スウィング、スウィング……?どっかで聞いた事が……。」

「あ、ありふれてるからな。」


 とぎこちなく笑ってスウィング。


「ん。そう言えばそうか。」


(やっぱり偽名の方が安全か……。)


 適当な名前が思い浮かばすに本名を名乗ってしまったことを、スウィングは少し後悔した。


(それにしても……ミヅキ? 変わった名前だな……。)


「俺は西の港町から連れて来られたんだが、お前はどっからだ?」

「ファゴット……皇都との交易が盛んな街だ。」

「なるほどな……人の集まる二つの街から攫ってきて、ここで合流させたって訳か。……腕に自信はあるんだろうな? スウィング。」


 黙って頷いたスウィングの首に「決まりだ。」と腕を回してミヅキは言った。


「二人でぶっ潰すぜ、この組織。」









「ひゃっほーう!」


 黒い髪をなびかせて、ミヅキはスウィングの後ろにいた男を、スウィングを飛び越えてなぎ払った。

 そして、スウィングの背に自分の背を合わせる。


「良いねぇ、最高。」


 二人をとり囲んでいるのは、10人ほどの男達である。

 合図も無しに二人は両極へ跳び、目にもとまらぬ速さで男達を切り伏せていく。

 最後の男を倒して、ミヅキはスウィングへ声を投げた。


「すっげえ息ピッタシ。なあ、俺とずっと組みたいとか思わない? スウィング。」

「思わない。」

「うっわ、クールに即答されたよ。んじゃ、今限定黒髪ーズ。」

「く、黒髪ーズって……。」

「にひ。決定な。」

「…………。」


 本当は金髪だという事は黙っておこう、とスウィングはこっそり思った。


「34、35、36っと。」


 ここに来るまでに倒した人数である。


「お疲れさんだね、こんなに雇ってどうすんだか。」

「見つけたぞ! あいつらだ!」


 遠くの方で声がした。

「新手だ、ミヅキ。」

「はいはいっと。しかしまぁ、これだけ味方がやられてるってのに…命は惜しくないのかねぇ。」


 ミヅキはそんな事を呟きながら、男の方に跳ぶ。


「良い夢見ろよ?」


 良い終える前にミヅキの攻撃は決まり、男は前に崩れ落ちる。


「ミヅキ、右を!」


 スウィングが叫ぶ。


「あいよ。」


 左右から来た敵を、二人は無駄な動き一つせずに斬り捨てた。


「……人がいる。行くよ。」


 スウィングは両手開きの扉に手を当ててミヅキを見た。

 ミヅキは視線でだけ応じる。


「「せぇの!!」」


 バン!!


 扉を力任せに開き、二人は中に踏み込んだ。

 広い部屋の中には、四、五十人くらいの捕虜達が居た。


「居るか?お前の探してる奴。」


 スウィングは部屋を見回した後、苦い表情で首を振る。


「そっか……俺の探してる奴も見つかんねーわ、別の部屋かねぇ。」


 驚きの表情で二人を見つめる捕虜達。


「おびえんな、別に取って食いやしねえよ。命が惜しかったらここに居るこったな。」

「ここが一番安全です。外は危険ですから。」

「最強無敵な黒髪ーズにお任せあれ。」

「いつまで言うつもりなんだ、それ……?」


 そして二人は捕虜達の部屋を後にて、別の扉を開いた。


「およよ。玄関だわ。」


 そう言って扉をしめようとしたミヅキを、スウィングが止める。


「あれ。階段。」


 玄関の片隅に、二階への階段がひっそりとあった。


「登るよ。」


 スウィングが階段の一段目に足をかけた時。


「おい、お前達は誰だ!!」


 玄関から門番だと思われる男達が入ってきた。


「スウィング、上に行け!」


 ミヅキが階段の前に立ち塞がって、男達に剣を向けた。


「一階と外の奴らは任せとけ! 俺は全部片付けてから上に行く!」

「分かった!」

「あ、それと……。」


 二、三段駆け上がって、スウィングは振り返った。

 ミヅキは背を向けたままで、


「ジュリアに会ったらよろしくな。」
 と言った。


(ジュリア? ……ああ。)


 誰の事なのかが分かったので、スウィングは「うん。」とだけ言って二階へ向かった。


「じゃあ、悪い子の相手はお兄さんがしてあげようか。」


 ミヅキは形の良い顔に恐ろしげな笑みを浮かべた。



「さあ、かかってきなさーい♪」






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